おいしさの記憶が人生をつくる
20代の編集者時代。香港の大富豪マダムを取材する機会がありました。「子育てで、いちばん、大事にしていることは何ですか?」と質問すると「娘の味覚を洗練させることです」と。「本物のおいしさを知ることで、人生は正しい方向に向かうのです」と。まだ若いわたしには、マダムのおっしゃった意味は、よく理解できていなかったと思います。
こどもを育てることになり、その言葉が何度も頭をよぎるようになりました。「味覚を洗練させる」とは、どういうことなのか?
そのために、自分なりに考えて実践。だしは、毎回きちんととる、ふりかけもパンも、できる範囲で自家製にしてみる。おやつもなるべく手作りのものを用意して市販のものを食べさせるときには、吟味。おかずは、健康的な材料を、良質な調味料で控えめに味つけし、なるべく鮮度のよいうちに食べさせる。ごはんは、毎回炊きたてを用意して、できるだけ汁椀も添える。
気がつけば、一見、地味な昔ながらの食卓になりました。蒸した野菜が増え、魚料理が増え、あさりやしじみ、季節の野菜の味噌汁にごはん。おやつも、蒸しパンだったり、さつまいもの天ぷらだったり、季節のくだもの。
そういえば、贅沢な宿の朝ごはんのようなイメージでしょうか。手間はかかっているけれど、豪華ではない、しみじみと日本人でよかったと思えるような食事。海苔のパリっとした歯触りや鼻にぬける香りを楽しみ、焼き魚のふっくらとした塩けのある身でごはんを食べ、だしと味噌のうまみを感じる味噌汁をすする。
毎日食べることで、舌と頭が記憶する「おいしさ」。工場で作られる加工食品の便利さと引き換えに、「おいしさ」の記憶を間違って上書きしてしまわないようにしたいものです。
正しい「おいしさ」が身についたこどもは、多少、ジャンクフードを食べたとしても、戻ってきます。「ああ、こんなごはんが食べたかった。ほっとする」と。そして、旬の野菜や魚のもつパワーを自分のパワーにするはずです。戻ってくる「おいしさ」の記憶を作るために、「日本人」としての文化や「日本の風土」に沿う食事を用意したいですね。
そして、小さな胃袋を満たすために、「虫おさえ」として、用意しておくことも忘れずに。小さな「塩むすび」でよいのです。外遊びがたくさんできて、おなかがすく日もあれば、ちょっと体調が本調子ではない日もあります。その日の気分を大事にしながら、幼いこどもが食べたい時に満たされるようにしたいと思っています。
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